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日々、感じたことなどをコツコツ綴るブログ

日常、アニメ、ゲーム、読書から野球まで、毎日生きている中で感じたことなど、なんでも書きます。

夢を叶えるゾウ

自己啓発本の類なんだけど、小説形式で表現されていてスラスラと読める。多くの自己啓発本に比べて、気負う部分を感じさせないのは、等身大の主人公が変化していく様が描かれているからだろうか。自己啓発本を読んだ後というのは、大きな変化を求めたり何かデカイことをしてやろうという気についついなってしまうものだが、この本はごくごく短にあることから変えていく大切さを教えてくれる。おそらく、数年前の自分では理解できなかっただろう。

 偉人達もなんら自分達と同じ「人間」なんだと思えてくるから不思議だ。とは言っても、彼らの「好き」という気持ちが生み出すエネルギーは、凡人には考えられないほどに無尽蔵で、現実はそこに才能の差を感じ取ってしまうようにも思うのだけど。でも、偉人にはなれなくても、今の自分よりほんの少し変われる。ほんの少し理想の自分に近づけるような気がする。そのための第一歩を踏みださせてくれる本だと思う。

 まずは身近にいる人に対して、小さな幸せを届けるサービスを。

HINOKIOの感想

10年以上も前の映画「HINOKIO」を見た。

若い頃の堀北真希多部未華子なんかが出演している。

あらすじは、母を事故で失い、自身も後遺症により歩行出来なくなってしまった少年が自室に引きこもりながら、ロボットを介して学校生活を送るというものである。引きこもりをテーマに、現代の子供たちを取り巻く環境や親子愛などが描かれている。

 当たり前だけれど、引きこもりに至るまでのプロセスも人それぞれで異なり、複雑だったりするのだと気づかせられる。経緯は様々であるが、引きこもりを解消するに当たって、最終的にキーとなるのは他者との触れ合い方ということだろうか。昨今はネットの普及により、部屋の中に篭っていても他者とコミュニケーションが取れ、承認欲求を満たすことができる。人と繋がっていると、感じられる。それが悪いとは言わないけれど、本当の人との繋がりっていうものは、痛みや辛さを伴いながらも、優しくて温かいものなのだ。その、決してネット上のやり取りでは補い切れない感覚、人と関わり合う面白さ(これは面倒くささや苦しさも含めて)そういうことが大事なんじゃないかと考えさせられる作品であった。恋や友情があれば、人は引きこもりになったりしないわけなんだろうけど、それらを手に入れるには結局コミュニケーションということになるわけで、難しい問題でもある。

 10年以上前の作品だが、まだまだこれから先も消えることなく拡大し続けていくテーマになるだろう。

 

パリーグ、クライマックスシリーズ

 昨日は日ハムがパリーグクライマックスシリーズを制し、日本シリーズ進出を果たした。日ハムは若い選手たちを中心にして、チームが一丸となり、日本一を目指している姿勢が感じ取れる。ソフトバンクからそういう気迫が感じられなかったというわけではないが、二年続けて日本一に輝いてしまうと貪欲さが薄れてしまうのかもしれない。自分はどちらのファンでもないけれど、心の奥底では日ハムを応援していたのだろう。近年のソフトバンクは圧倒的な戦力を用い、レベルの高いパリーグにおいてもなお、ぶっちぎりの成績でペナントを制して日本一の栄冠に輝いている。

 今年もソフトバンクが日本一に輝いたとしたら、やはり面白くないと感じるのが人情だ。また、両チームの監督の経歴の差異がその気持ちに拍車をかける。

 ソフトバンクを率いる工藤監督は野球エリートのまさしくそれと言える、圧巻の成績を残している。対する日ハムの栗山監督は現役時代はさほど目立った活躍が出来ず、監督に着任するときにも様々な揶揄の声が上がったと聞く。工藤監督は就任1年目にして日本一を達成し(采配の是非はともかくとして)間違いなくエリートのレール上を走り続けているわけである。そこに待ったをかけたのが、現役時代の成績では遠く足元にも及ばないだろう栗山監督なのだ。そして栗山監督は工藤監督の率いるソフトバンクを見事に出し抜き、ペナント優勝を果たして、ついにクライマックスシリーズをも制した。

 人は、必ずしも一元的な見方で才能の有無を見定めてはいけない。

 野球人として、選手の才能は工藤監督が圧倒していたかもしれないが、指揮者としての才能は今回、栗山監督が上回ったと言えるだろう。白熱する決戦の背景に、二人の指揮者の人間ドラマが成り立っていたと考えるとより一層面白く、深みが増す。

 仮にそれを抜きにしても、抑えに登板した大谷の全力投球を観れただけで値千金と言えるだろうが。

 最速165キロのストレートに150キロのフォーク、まさに化け物である。

 

 

タイトルやネーミングの付け方、難しい

RPGなんかを始めるときに、主人公やキャラクターのネーミングに在り来たりなものを使っている、あるいはデフォルトのものを使っているだけの自分にはネーミングセンスというものがないのだろう。生まれてこの方、そんなこと気にもせずに生きてきたけれど、ドラゴンクエストのネーミングセンスの凄さに気付いた時にネーミングの面白さに興味を持った。特に呪文のネーミングセンスの良さはピカイチで、あの呪文名がドラクエ感の大部分を担っているんじゃないかと思わされるほどだ。そんなわけで、ネーミングセンスに関しての本など読んでみようかなと思うこの頃である。

 ここ最近は、秋らしい陽気になって朝晩はグッと冷え込むようになってきた。冷え込んでくると、暖かい布団の中から抜け出すのが辛い。しかし、昼は日差しの中に出るとじわじわと汗をかくくらいに暖かい。昨日、今日と気持ちいいほどの秋晴れが続いている。

 昨日は広島カープクライマックスシリーズを制し、日本シリーズへ進出を果たした。自分はどこのファンと言うわけでもないが、クライマックスシリーズ日本シリーズは、互いが総力を結集した戦い。負ければそこで終わりの高校球児ほどではないにしろ、選手たちは普段の試合と違って全力を尽くそうとするから見ていて楽しい。

 セリーグは広島であっさり決まるかと思ったが、DeNAが粘り強く戦い、面白い試合になったと思う。最後、筒香vs中崎は一発出れば逆転の場面でなかなかに熱い展開だった。しかし、現状のセパの実力差を鑑みるに、パリーグの制覇者とまともに勝負できるのは広島くらいしかないだろう。

 パリーグはもつれている。ホークスは崖っぷちに立たされているが、じわじわと日本ハムを追い詰め返している。もしも今日ホークスが勝てば、追い詰めた側の日本ハムの足場が一つ崩れ、両者ともに崖っぷちの状態である。そうなると勢いがホークスに傾くかもしれない。いずれにせよ、今日どちらが勝つのか目が離せない状況である。

 

デレステをプレイしていて思ったこと

スマートフォンアプリのアイドルマスターシンデレラガールズスターライトステージ、略してデレステと呼ばれているゲームをプレイしている。プレイし始めたのは今年の4月頃のこと。スマフォゲームがひと昔前のような、ポチポチとボタンを押すものばかりでなくなっていることは承知していたつもりなんだけど、このゲームのクオリティの高さというか気合いの入りっぷりに少々驚かされて、すっかりハマってしまった。

 音ゲーとして面白いのはもちろんのことなのだが、自分が驚いたのはゲームプレイ中に3Dのアイドルキャラが後ろでヌルヌル動くこと。アイドルマスター自体を未プレイだった自分はモーションや演出、キャラの表情や口パクに至るまで、丁寧に作られていることに感心させられた。(ちなみに本家のモバマスもプレイしてみたが、こちらはポチポチゲーのお家芸のような作りで、自分には遊べたものではなかった)自分の育てているアイドル達がステージ上で踊る中、音楽に合わせて画面をタップするのは、一体感があって普通の音ゲーよりも楽しい。自分はアイドルのコンサートになど行ったことはないが、生で見るライブというのは、こういうアイドル達との一体感があるのだろうと感じさせる作りである。

 基本的に無料で進められるのだが、アイドル達とコミュニケーションを取ることでキャラクター達に愛着が湧き、ついつい課金をしてしまいたくなる。が、今の所自分は無課金税である。このゲームになら課金するだけの価値があると感じるが、博打(ガチャ)には抵抗がある。

 現在、他プレイヤーとセッションが行える「LIVE PARTY」なるものが開催されている。自分が編成に組み込んでいるのは、イベントで獲得したSRアイドルのみである。セッションを組んだ他プレイヤーは、高確率でSSRアイドルを使っている。ここ最近はプレイしやすさの観点から2D表示モード(端末のスペックなどを考慮してゲーム中のキャラクターの表示を3D、2Dに切り替えられる)でプレイしていることが多かったのだが、やはりこのゲームはアイドル達を3D表示にしてプレイすることにこそ価値があると思い直し、快適さよりも感興を重視して、よほど難易度の高い音楽に当たらない限りは3D表示を選ぶことにした。すると、SSRのアイドル達には特別な衣装が与えられていて、実に美しく、魅力的に装飾されていることに気がつく。

 マイアイドルは通常の衣装である。同じキャラクターでも装飾を変えるだけで魅力が三割かそれ以上に増す。SSRのアイドル達と並べられてしまうと、なんだか随分と自分のアイドル達が寂しく感じられて、申し訳なく感じてしまう。もしもアイドル達が意思を持って喋り出したとしたら、自分たちもあんな風に綺麗な衣装が着たいと言い出すのじゃないだろうか。そして博打に挑むことのできない、肝っ玉の小さな経済力の乏しい自分に対して「甲斐性なしプロデューサー」と心の中で蔑むのではないだろうか。そんな疑念にかられたプレイヤーが課金に走ることを計算に入れて「LIVE PARTY」の仕様を作ったのかもしれない。というのは、少々過ぎた考えだとしても、自分のような無課金勢がSSRの魅力を感じ取るだけでも成功と言えるのだろう。

 アイドル達の気持ちを汲み取って課金の道を選ぶもよし、自分のアイドル達はそんなこと思ったりはしないと無課金の道を貫くもよしである。

 なにしろ、無料でも十分楽しめるのが、デレステの一番の魅力なのだから。

 

 

 

ブログ、始めてみる

最近、ローカルファイルに日記を残す習慣がついたので、せっかくだからブログを始めてみようと思う。実は以前もブログをはじめたことがあったのだが、どうにも続かなかった。他人に公開するとなると、どうしても面白い文章を書こうと肩に力が入ってしまう。モニターの前で、ウンウンと唸る時間が長くなる。こうなると続かない。まずは肩の力を抜いて書こうと思う。今は以前と違い、文章を書く面白さや日々の中で何かを感じ取ろうとする意識が強くなったと思うので、とりあえず書くネタには困らないだろうし、続くことを祈る。